カテゴリー「うつ病回復記録」の24件の記事

2012年12月 9日 (日)

休日と休養

7月から新しい仕事を始めてから大きな抑うつ状態になることもなく過ごしてきた。

が、12月3日の頭痛に始まり、4日と5日は強い倦怠感で動くこともままならず仕事を休んでしまった。

それでもズルズルと落ちてしまう前にかろうじて踏みとどまり6日には仕事に行くことができた。

 

今日は病院にも行ってきたので、今回のエピソードについて主治医の意見も聞いてきた。

そこで、今回のエピソードについて記録に残しつつ、今後のために意識しなくてはいけない部分も押さえておこうと思う。

 

予兆はその前の週(11/26-11/30)にあったと思う。

症状としては、寝汗と悪夢による中途覚醒。

それと若干だが胸の奥を鷲掴みされるような苦しさ。

 

問題はそのあとの休日の過ごし方だっと思う。

12/1はボランティア。

12/2は円山動物園をガイド。

普段だったら休日の12/3は出勤。

 

体からのサインが出ているのに休養を取らなかったこと。

ここが今回のポイントだという話を主治医がしていた。

休日に「楽しい」ことをして充電するのはもちろん構わない。

でも「楽しい」ことをしても疲労は蓄積する。

だから心身ともに休養が必要。

 

今までは「楽しい」ことをしていく中で体調の安定ができていた。

でもそう言われてみると、季節の変わり目にダウンしがちだったことも休養の不足が原因だったのかもしれない。

もう少し休養を意識しておけば、ソフトランディングできたのかもしれない と反省。

 

・ 楽しそうだからといって休日を使いすぎないこと。

・ 休日に予定を入れようと努力しすぎないこと。

・ 土日のどちらかはフリーにしておくこと。

・ 土日に予定が入っている週を2週以上続けないこと。

・ 休養をとるときは家事をするくらいにしてウチでのんびりする。

2012年3月28日 (水)

就労継続支援A型事業

ひとまず頭を切り替えて、今の自分にはフルタイムの勤務はできない。 

ということで、就労継続支援A型で働いてみることにした。

(↑ まだ決定したわけではなく、応募を決めた段階)  

 

障害福祉サービスの中に就労支援というものがある。

・ 就労移行支援事業

・ 就労継続支援A型事業

・ 就労継続支援B型事業

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/shurou.html 

(厚労省 障がい者の就労支援対策の状況)

 

今回、自分が働いてみようと思った「就労継続支援A型事業」は通常の事業所での雇用が困難な人を対象にしている。

そのため勤務時間は10時~16時の間で2時間からスタート。

内容も作業的なものがほとんど。

PCでの単調作業だと居眠りしてしまいそうだけど、体を動かすものなら大丈夫だと思う。

 

面接は週明け。

 

 

2012年3月26日 (月)

8時間×2日でダウン

研修が先週の木曜に始まって、8時間の座学を2日間受けて、土日を挟んだ月曜。

土日だけでは回復しきらず、月曜になっても過眠。

布団から出られたのは15時くらい。

 

研修初日は頻繁に質問もしつつ、周りの人とも話をしたりして、「意外といけるかも」と思っていたけれど、二日目のほとんどは居眠りの状態。

多少覚醒していても、業務内容が入ってこないままその日が終わり。

 

木曜と金曜の夜に共通していたのは、興奮状態になっていたせいか寝るのが遅くなったこと。

ONとOFFの切り替えができなくて、ズルズルと起きてしまった。

早めに睡眠薬を飲んでしまえばよかったのかもしれない。

 

今回の仕事は始まる前に、

・ 研修期間に欠勤した場合は打ち切りとなる

という、約束事があったので、月曜欠勤で終了。

 

日銭を稼ごうとした「焦り」も悪い方向へ働いてしまった。

仕事内容をなるべく前向きに物事をとらえようとしたけれど、無理があったみたい。

 

やはりハローワークで障がい者向けの簡単な仕事を探そう。

大企業の障がい者枠での仕事(一般事務)も現状では難しいと思う。

(↑ 3社中2社から不採用の通知がきた)

 

2012年3月20日 (火)

苦手なものだからやってみる

正面突破は苦手。

正攻法は苦手。

壁を乗り越えるとか、壁を壊して進むのも苦手。

 

だから今まで小さなニッチを綱渡りのように渡り歩いてきた。

目の前に壁が現れたら、真っ先に回り道を探してきた。

高い山があれば距離はかかっても、苦しくないルートを選んできた。

 

「苦手なものを避けてきた人生」 とも言える。

そうしてきたけど、いくら回り道をしても苦しいルートが残る。

 

そこで昨日の派遣登録の話になる。

当初はデータ入力の仕事を希望したのだけど、希望者が多い仕事なので難しいと言われた。

なんとなくそうだろうと思っていたので、頭を切り替えてコールセンターの仕事でも受けようと思うことにした。

というのも、電話対応があまり得意ではないから。

 

仕事の場において、電話対応は重要なスキルなのだけど、自分はあまり磨いてこなかった。

電話口で怒られることを何度も経験した影響なのか、苦手意識が強くなっていた。

 

こうやって書いていると、社会復帰へのリハビリにしてはハードルが高いんじゃないかと思えてくるけど、自分なりの戦略もある。

 

ハローワークでの障がい者向けの求人のほとんどは一般事務。

当然ながら、一般事務に電話対応は必須。

求人票に「電話対応」という文字が書いてあるだけで、出てくる拒否反応は苦手意識からくるものだと思う。

でも自分のことを中長期で考えると障がい者向け求人を選択していく方がいいと思う。

 

だから今回のコールセンターの仕事は自分にとってリハビリと苦手意識克服を兼ねたものという位置づけになっている。

 

この判断が吉と出るか、凶と出るか

 

 

2012年3月18日 (日)

怖がらずに走ってみる

障害者手帳を使って「うまく就職してやろう」という目論見もあったけれど、相手が規模の大きな企業ばかりでレスポンスには時間がかかる。

それに一般事務の仕事というのが未だにピンとこない。

まぁ やったことない仕事だから仕方ないんだけど。

 

それはそれでゆっくり探すとして、当面の生活ってのもある。

ということで、明日は派遣の面接(登録)に行ってみることに。

主に単発、短期間の案件を扱っている派遣会社なので、日払いや週払いってのにも対応してくれるらしい。

どんな仕事があるかわからんけど・・・

 

やっと体も動くようになってきたから、そういう仕事から始めてみる方が気楽でいい。

 

 

それに昨日、自然体験活動のボランティアを半日(約4時間)だけやってみて思った。

ココロが怖がっているだけで、やったらできるんだ って。

 

子どもたちと一緒に遊びの場を作っていく中で

「実際にやってみせて」

「声で伝えて」

「周りに気を配って」

と、やっているうちに自分の感覚が戻ってくる いや 子どもたちに引き出してもらった という表現が正しいと思う。

 

自分の原点であり、安心して自分の力を出せる居場所があるから、立ち直るときには本当に助かる。

勇気をもらって明日の面接に行けそうだ。

 

 

2012年3月16日 (金)

臆病になったココロ

結論

変化を恐れるココロの問題でした。

 

主治医に聞いたところ、リフレックスの離脱症状というのはほとんど聞いたことがないそうな。

症状の原因はむしろそっちじゃないかと。

 

こうなるとすっかり臆病になったもんだ。

変化することが見えてくると体が動かなくなる。

 

外の空気はすっかり「春」

でも冬眠から明けるようにすんなりとはいかないらしい。

ゆっくりと動かすリハビリをしていこう。

 

 

2012年3月15日 (木)

リフレックスの離脱症状? 変化への拒否反応? 

去年の10月に休職する前の処方。

● リーマス100mg  朝・昼・夜 各200mg 合計600mg

● ロゼレム8mg  寝る前

● メイラックス1mg  朝

● サインバルタ20mg  朝 

● デプロメール25mg  夜 50mg

 

↓   ロゼレムout リフレックスin 

 

休職後の処方

● リーマス100mg  朝・昼・夜 各200mg 合計600mg

● リフレックス15mg  夜

● メイラックス1mg  朝

● サインバルタ20mg  朝 

● デプロメール25mg  夜 50mg

 

で、10日の診察時に調子が上向いているのを確認したのちに、処方が休職する前のものに変わっていた。

と同時にリフレックスがなくなった。

 

そして自分の体調は一気に低下。

リフレックスの離脱症状?

それとも10日の夜に何時間もかけて履歴書を作っていたせい?

 

リフレックスがきれてから4日経つが家事もロクにできない状態が続いている。

薬のせいにした方が簡単なのだけど、就職活動という「変化」を恐れる心の問題なのか?

なんとなく後者のような気もする

金曜日まで回復しないようなら相談してみるかなぁ

 

 

2012年2月 9日 (木)

自信喪失

回復途上の自分には些細なことも大きなこととして心に残ってしまう。

 

この記事を書いている時点での話になるが、

  ・ 対人能力

  ・ 文書作成能力

の2点について自信をなくす出来事があった。

 

対人能力の自信喪失は月曜日に起こった「漏水事故」でのこと。

  事故発生は10階

  主な被害は9階に集中

ということで、9階の家主が10階に怒鳴り込んでいるところへ自分も立ち会うことになった。

その剣幕にショックを受けてしまい、膝がガクガクと震えてしまった。

 

「叱られる」「怒られる」ことに対して強い不安を感じてしまい、それが再就職したときへの不安になっている。

 

 

文書作成能力の自信喪失は昨日(水曜日)起こった。

昨日はハローワークに行って、いつも相談している人と話をしながら1件の紹介状を作ってもらった。

そこへ提出する文書でやったことのない失敗をしてしまった。

履歴書の写真を貼り忘れ・・・

 

気づいたのはポストへ投函した後、風呂に入っているとき。

しばらくショックで浴槽内で動けなくなっていた。

 

そこからマイナス思考の渦に飲まれてしまって、今日は過眠や抑うつ状態が出てきた。

「こんなしょぼいミスをしている時点で再就職なんてムリだ」とか

 

まだこうやってブログに自分の状態を書いているだけでもマシだと思うのだけど、先週の札幌地裁まで徒歩で行ったときに比べると大きな落差。

 

そこへおとんの前向き発言が重なることでどんどん自分を追い込んでしまう。

おとんは悪気がないのだろうけど、「生活をもっと良くしていこう」という旨のことを聞くと必要以上に自分への期待がかかっていると感じてしまう。

 

大学入試のときにも同じようなことを感じていたのだけど、(過剰だと感じている)期待に応えようとして自分に必要以上の負荷をかけてしまうクセがあるらしい。

聞き流すことができればいいのだろうけど、真に受けてしまうのも自分のクセ。

 

期待や今まではできていたことができなかったときの無力感。

主治医の言葉借りるなら『無力感』が自分の前に立ちふさがったときに「止まって」しまうのだと思う。

立ち向かって壁を壊すなり乗り越えていくことはもちろん迂回して回避することすらできないで立ち尽くしてしまう状態。

 

出来事に打ち勝てないと思うならせめて逃げて次のことを考える状況を自分で作っていかないと無力感のたびに止まっていたのでは同じ事を繰り返すことになる。

 

 

2012年1月13日 (金)

3年周期の波?

昼夜逆転している夜長はどうしても内省モードになってしまうもの。

そこで気づいたことを書いてみようと思う。

 

タイトルの通り自分の中での大きな波が3年周期でやってくるんじゃないかという仮説。

いわゆるエピソードと呼べるものがあるか検証していく。

 

[西暦、年齢、学年・職業]  

■1995年(17歳、高校3年生)

  進学塾の授業についていけないショック。新しいクラスにも馴染めなかった。

  体育祭を欠席。できるだけ人と関わらないようにしていた。

  抑うつ状態になっていたと思われる。

 

■1997年(20歳、二浪)

  浪人二年目で孤独感が強く内向的になっていく。

  目標への意欲も減っていき成績も低下する。

  初めて精神科を受診して「うつ病」と診断される。

 

■2001~2002年(24~25歳、大学3~4年生)

  大学での居場所を自分から減らしていく。パピィとの二重人格に悩む。

  2001年春に初めての彼女ができるが内面への踏み込みに戸惑う。

  浪人時代ぶりに精神科を受診。

  このあと2002年の大学卒業まで抑うつ症状は強く出ていた。

 

■2004年(27歳、特定外来生物の駆除)

  同棲していた彼女と沖縄へ移住。

  母が交通事故で亡くなる。

  このときは仕事や日常生活に支障をきたすような症状はなし。

 

■2006年(29歳、特定外来生物の駆除)

  年初にダウンする。

  過労やパワハラによるストレスが蓄積した結果の症状。

  3月末で退職。5月には札幌へ引っ越す。

 

■2008年(31歳、実験動物の管理)

  仕事で結果が出せないことに焦りを感じる。

  父と妹を札幌へ呼び寄せることを決めるがその不安でダウンしてしまう。

 

■2011年(34歳、野生動物の普及啓発)

  借金問題で債権者から告訴される。

  破産手続きをしようとするが一向に進まない。

  何度もダウンしながら仕事をするが10月にはドクターストップ。

 

以上、まとめてみたが特に規則性があるわけではなく、大きなエピソードがあるたびにダウンしていたということがわかった。

 

最近の医師の見立てでは『無力感に弱い』というキーワードがある。

無力感という視点から以上のエピソードを検証してみよう。

 

[西暦、年齢、学年・職業]  

■1995年(17歳、高校3年生)

  志望校と自分のレベルのギャップを埋められないという無力感

 

■1997年(20歳、二浪)

  誰のための受験かわからなくなるという無力感

 

■2001~2002年(24~25歳、大学3~4年生)

  人間関係でのつまづきを修復できないという無力感

 

■2006年(29歳、特定外来生物の駆除)

  これ以上ひとりでは仕事をこなすことができないという無力感

 

■2008年(31歳、実験動物の管理)

  父と妹を含めた生活が成立するのか不透明すぎるという無力感

  (当時、妹は無職。父は糖尿病の症状が強く出ていた。)

 

■2011年(34歳、野生動物の普及啓発)

  借金を返せないという無力感

 

実際の事象とその裏にある感覚を自分なりに紐解いていくことで、自分の思考の傾向などがわかるかもしれない。

今後の自分へのリスクマネジメントをするためには必要な作業だと思う。

 

 

2012年1月 6日 (金)

はしゃぐと落ちる

ギブスがとれたばかりなのに、自由に動けることに”はしゃいで”しまって、またケガをするようなものなんだろう。

 

少し活発に動けるようになってくるとついつい忘れてしまう。

「自分はとても不安定な状態」にあることを

 

感情の振れ幅を大きくしてしまうと、そのままの大きさでマイナスにも振れてしまう。

楽しいことは悪いことじゃないはずなのに・・・

と思ってしまうが、結果としては良くないらしい。

 

3日に大学時代の友達と新年会をした。

10月の結婚式以来に酒も飲んだ。

そして翌日からダウン・・・

今日にいたっては寝汗がひどくて着替えなきゃいけないくらい。

 

12月で雇用期間も満了したから年初の挨拶を兼ねて私物の回収に行こうと思っていたのに行けなかった。

 

出足から大きく踏み外してしまったけれど、これが自分の現状。

あれくらいでも反動で動けなくなる。

 

これからまた仕事を探さないといけないし、ボランティアや趣味も再開していきたいけれど、どれくらいの強度までなら大丈夫なのかがわからない。

慎重にリハビリしていくしかないんだろうな。

 

 

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