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2012年9月の13件の記事

2012年9月30日 (日)

ぷらぷら幌内

7月に来たときに「ここを見るにはもっと時間がいるはず」と思って、スルーした幌内炭鉱景観公園。

ガイド付きだとはいえ、2時間半もかかるとは思っていなかった・・・

もちろん不満というわけではなく、思ったよりもずっと広かったという意味で。

 

炭鉱遺産の中でもその全体像が残っている場所は日本中でもここだけらしい。

坑口→捲揚室→輸車路→石炭ポケット→選炭場→シックナー(沈殿池)→ズリ山

他にも変電所、神社、隧道、トロッコ、安全灯庫も見ることができる。

 

ガイドは地元の保存会の人。

他にも幌内炭鉱の元炭鉱マンがいていろんな話を聞くことができた。

当時の話や写真を見ながら説明してくれるので、なんとか想像力で補完しながら見ることができた。

この公園、何がすごいって手入れが丁寧。

歩くところは広くて、足元に気を使うような場所はほとんどない。

多くのものはコンクリートの構造だけが残っている状態なので、土台だけという場所が多い。

その周りも草刈りがされていてとても見やすかった。

 

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この地図だとそんなに広いようには思わないんだけど・・・

  

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常盤坑坑口(手前の錆びたパイプは坑内のガスを抜くために設置されている)

 

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捲揚室跡

 

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捲揚室跡から坑口を見るとこんな感じ

 

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選炭場跡

 

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石炭ポケットの下(特別に入れてもらえた)

 

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起動機(クレーン)の土台

ここの周りを見た時に手入れの丁寧さを感じた。

 

もうひとつ特別に入れてもらえたのが変電所。

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当時から時間を止めたままの内部。

平成元年9月29日に閉山したので、この巡回板の11月というのは昭和のはず。

 

この公園のすぐ近くには三笠鉄道記念館(旧幌内駅)があり、そこから伸びるレールを見ることもできる。

幌内線が開通してから130周年という節目にこの場を訪ねることができたのは嬉しかった。

 

地元の人が地道に保存活動をしていることも知ることができたし、元炭鉱マンからも当時の話しを聞くことができた。

ものすごい情報量だったけど、知らないよりも知っていた方がずっといい。

誰かを連れてきたときにも役に立つと思う。

北海道の近代化の始まりの地を知っておくことは移住者である自分が知っておくべきことだと思う。

奔別アートプロジェクト

炭鉱遺産を使って表現しようというプロジェクト。

単純に「炭鉱遺産を見に来てください」ではどうしても関係者ばかりになってしまったりして、関わる人の数と多様性に欠ける。

そこで同じような問題を抱えるアート関係の人たちと協働してプロジェクトを進めるカタチになった。

・・・と、勝手に想像している。

 

人によっては「そのままがいいのに」という声が出てきそうではある。

特に「廃墟マニア」の人たちはそう思っているかもしれない。

でも炭鉱遺産や産業遺産と呼ばれるものを保存するために声を上げるのも、行動するのも時間的に限界のはず。

建物が崩れ始め、当時を知っている人たちがいなくなる時が近い。

そのためにもまずは「その存在を知ってもらうこと」から始めていくしかない。

 

より多くの人に現物を見てもらうことで何かを感じ取ってもらうことができるはず。

これを残していくべきか、否か。

鉄道好きの一人として、北海道に住む人として、保存に動いている人たちの応援をしていきたいと思う。

 

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奔別炭鉱立坑櫓を後ろから

 

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奔別炭鉱ホッパー(中央には仮設の階段が取り付けられ2階を見ることができた)

 

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ホッパーの出口(石炭を満載にしたトロッコが列をなしていたはず)

 

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特別に入ることができたホッパー2階(窓の奥には立坑櫓が見える)

 

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ホッパー内部から(この穴からトロッコへ石炭を落としていた)

 

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ホッパーから落ちてくる石炭の音を擬音化したもの

 

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ホッパーが増築されたときにできた柱の構造の違いを表現したもの

 

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とても抽象的な作品だけど、ガイドしてくれた学生さんの説明でよくわかった

様々な色をした色はエネルギー源をイメージし、その中に本物の石炭が混じっている。

多くの選択肢があるエネルギー源から下にある蛍光灯へエネルギーを供給するのはどれか? 少し風刺も入っているようなアート。

 

学生さんたち以外にもプロのアーティストも作品を出している奔別アートプロジェクト。

炭鉱遺産というものをテーマにいろんな視点で見せてくれたアートはそれ自体も十分に見る価値があると思う。

きっと自分よりも若い人たちが頑張って想像力を働かせて作った作品たち。

ホッパーそのものも十分に魅力的だったけど、いろんな人たちが関わっている場所には大きな力を感じることができる。

2012年9月24日 (月)

9月22日~21日 尻別川 川下り

金曜日の夕方にJRで黒松内へ移動。

学生時代に毎月していたことをやってみることから始まったこの旅。

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あのときは子どもの引率役だったけど、今回はひとりで移動。

ローカル線に揺られているうちに眠ってしまった・・・ 

 

土曜日。

荷物を防水して食料や水など6人分の荷物を2艇のカヌーと1艇のダッキーに乗せて宿営地を目指す。

一日目はダッキーの後ろに乗って川を下っていく。

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天気は申し分なし。

気温も高くて絶好の川遊び日和。 と思ったけど、スタート地点で雷雲発生。

ゴロゴロと空が鳴っている中、出発。

幸い雨にも降られずに済んだけど、大気は不安定だったらしい。

 

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宿営地には早めに着いて荷物だけ陸にあげて、川遊び。

自分は川の石を割りながら一人遊び。

他の人はフローティングをやったり、ガサガサやったりという感じでスロウな時間が過ぎていく。

 

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薪になるものは宿営地の近くに漂着物が大量にあったので、そこから拝借。

もちろん地面へのダメージも考慮して、焚き火台を持参。

日没後の冷え込みが思った以上に強くて焚き火のそばが一番居心地がよかった。

 

夜は自分の提案でブルーシートビバークをみんなでやることになった。

「天井がない夜」を過ごすための野営。

シュラフカバーがあればそれでいいんだけど、高いからね・・・ ブルーシートで代用。

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エンマコオロギの声を聞きながら草むらにブルーシートを広げて寝床を作る。

寝袋に入ったらブルーシートにくるまって寝る。

思いのほか快眠で朝はスッキリ起きることができた。

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日没前は霧で幻想的な風景になっていたけど、陽が照りはじめてから一気に晴れていくのを久しぶりに見ることができた。

 

日曜日。

カヌーに乗り換えてゆるやかな流れを下っていく。

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下流域に入ると水鏡のように静かになって、景色を映していた。

見る分にはいいんだけど、パドルを漕がないと全然進まない。

 

尻別川は水質ランキング日本一にもなっている川。

確かに川の綺麗さは素晴らしいものがある。

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水面に映る影と川底に映る影の二重影。

水深が深くないとはいえ、こうやって綺麗に投影ができるのも水質がなせるワザ。

 

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カメラを水中に入れて魚影を撮りたいと思っていたけれど、豊平川ではうまくいかなった。

それがいとも簡単にできてしまった。

 

そんな楽しみはこれくらいにして、ラストスパート。

予定よりも全然進んでいない・・・

しかも背後から雷雲が近づいてきているのが見えた・・・

遠くから雨の境界が見えるくらいの雨量。これには当たりたくない。

黙々とパドルに力を込めつつ、舵取りもする。

でも・・・ サポートの車が見えたところで雨雲に捕まってしまう。

雨に打たれながらカヌーを上陸させて、荷物を車に積み込む。

このときのみんな素早さがなんともよかった。

 

黒松内に戻ってからは使った装備を洗って、干して。

みんなは昼食に行ったのだけど、久しぶりの黒松内だったから一人残ってお世話になった人や昔の参加者が大きくなってママになっていたから会いに行った。

「もう10年になるのよね」

自分が大学を卒業したのが2002年。

社会人になってからは黒松内に顔を出せていなかった。

 

それでもつながりを持っていられることを嬉しく感じたし、幸せなことだと思った。

自分が原点に帰ることができる場所があるというのは本当に幸せだと思う。

2012年9月16日 (日)

空沼岳での出会い

今まで、仲間たちと予定を合わせてシーズンに何回か山に行っていた程度だったのが、今シーズンは体づくりやダイエット、写真撮影を兼ねてのんびりとソロで登るようになった。

ソロだと自分のペースで気になったものをじっくり見ることができるし、何かと気兼ねがなくていい。

逆にリスクは上がってしまうが、そのあたりの折り合いをつけながら遊ぶのが野遊びの基本だと思っているので、自分の安全範囲(どこまでリスクをかけられるか)を決めていれば問題ないと思っている。

 

そしてもうひとつのメリットが同じソロ登山者との交流が増えたこと。

山頂で休憩しているときの会話や情報交換、自分がカメラを撮っているときのちょっとした解説というのもなかなか楽しい。

それでもその人たちとのつながりはその場限りで終わる。

 

でも今回は違った。

登っている途中で羊羹を食べながら休憩しているときに、ひとりのおばさまが神妙そうな顔をして登ってきた。

いつものように挨拶しようと思ったのだけど、そのまま自分には気づかず行ってしまいそうだから黙って見ていた。

少し自分を通り過ぎたくらいに気がついたようで、お互いに挨拶をした。

すると堰を切ったように言葉が飛んできた。

「今朝、旦那とケンカをしてね。 なぜって? ・・・」

「育児が終わった夫婦が一緒にいる意味ってなんだと思う? 私はね・・・」

とりあえず相槌を打ちながらいろいろと言い終えるのを待つことにした。

モヤモヤしているものを吐き出したいだけなんだろうと思って、待つことにした。

 

しばらくすると上から下山してくるおじさんが声をかけてきた。

そこでおばさまの話は途切れ、おじさんとの会話も終わるとおばさまは再び登っていった。

自分よりは少しペースが早いようで、熊鈴の音はすぐに聞こえなくなった。

 

でも青沼を見ていたら登山道から「何かあるんですか?」とおばさまの声がした。

「なかなかいい感じの沼がありますよ」と返事をしたら、こっちへ降りてきた。

沼を眺めつついろんな話をして、そこから万計山荘までは一緒に登ることになった。

もちろん昼ごはんも一緒。

身の上話やら、いろいろと話終わったところで「連絡先を交換しませんか?」と切りだされたので、連絡先の交換をした。

 

共通の話題(山)から多岐にわたる話題を一気にしたような感じがして、心理的にはかなりオープンな状態になっていた。

下山中も話をしながら、雨が振ってからは黙々と登山口まで一緒だった。

 

結局、帰りは車に乗せてもらえることにもなり、ずいぶん助かった。

来週は恵庭岳に登るらしい。

誘われたけど、別件の用事があるので、次の機会にお願いしますと言って別れた。

 

こういう出会いもあるんだな と思いながら、次に一緒に山へ行く機会があるんだろうか?

そうなったら人と人のつながりというのも不思議なものだと思う。

9月15日 空沼岳 山行

金曜日に天気予報を見て、土曜日は山に登ろうと決めたのだが、出足が遅かった・・・

バス停から距離があるのはわかっていたのだけど、真駒内でバスに乗ったのは9:30くらい。

そこから登山口に着いたのは11時を回っていた。

 

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(空沼登山口のバス停付近)

 

ということで、目標は登頂ではなく、万計山荘。

それでも3km以上あるので、それなりの時間になる。

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登山口からいきなり渡渉(橋はあるけど)。

この先、何回も渡渉をして万計山荘に着くのだけど、そのうち1箇所は先月の大雨で流されていたらしい。

仮設の橋が架けられていた。

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ちなみにこの橋が流されたことで、下山できなかったパーティーがヘリ救助されたらしい。

 

沢に沿って登山道が作られている山の宿命でもあるけど、鉄砲水があった場合は登山道も崩れてしまうことがある。

道中でも木が根ごと崩落して、登山道がなくなっているところもあった。(通行は可能)

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また倒木による道ふさぎも多くあって、木の下をくぐったり、またいだりしながら登ることになった。

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こういう姿勢の変化も背負っているザックの大きさ(重さ)によっては疲労に影響してくる。

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手稲山ほどではないけれど、登山道には石ころが多く転がっている。

足元に気を使うことが少ない円山、藻岩山に比べるとここが初心者向けではないことがわかる。

 

登りの勾配はそれほどきつくはなく、自分のペースを守れば多少時間がかかっても上まで行けると思う。

前回の手稲山でペース配分を間違ってバテてしまったので、今回は焦らずに息が上がらない程度のペースで歩くことを心がけた。

もちろん汗だくにはなったものの、体力的にキツイという感覚はなかった。

 

万計沼のちょっと前に青沼という看板を発見。

足元がかなりぬかるんでいるのを頑張って超えるとなかなかいい雰囲気の沼に出会うことができる。

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サイズも程よく小さくて、鬱蒼と茂る木々に囲まれているので、沼としての雰囲気は十分。

頑張って登ってきた甲斐があるというもの。

 

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万計沼に着いて昼ごはんと思ったら、雨。

万計山荘に避難させてもらうことにした。

山荘を出る頃には雨は上がっていたものの、下山中に再び雨。

今度は雨脚が強くなってきたので、カッパ・ザックカバーを装備する。

次第に登山道が川のようになってきて、空からゴロゴロと音が聞こえるようになってきたので、下山のペースを早める。

滑りそうな足を踏ん張って、なんとか下山。

あの雨量でもう少し長く山にとどまっていたら、どこかの渡渉が難しくなっている可能性もあったので、無事に下山できてよかった。

 

改めて、天候の変化は怖い。

でも十分な装備を持っていることでそのリスクを減らすこともできる。

早い判断でリスクを減らすこともできる。

そのことを体感的に知ることは本当に大事だと思う。

2012年9月10日 (月)

台車入れ作業

台車研修場。

点検の終わった車体と台車をひとつにするところ。

大型クレーンを2台使って見せてくれたワザは簡単にやっているようで、かなりの熟練度が必要そうなもの。

 

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車体だけでも40t近くあるから20tクレーンを2台使う。

自分よりも年上のクレーンがまだまだ現役でいい仕事をしていた。

 

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台車を吊り上げる枠を車体の下に差し込む。

 

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見ている人の近くまで寄せてくれて、車体の下を見せてくれるサービス♪

 

最後は慎重に車体を台車の上に載せる。

このあたりのクレーン操作がなんともまた素晴らしかった!

車輪削正

車輪研修場には黒く塗られた真新しい(?)車輪がたくさん並べられている。

 

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車輪にはラベルが張ってあって、これはキハ183系のものらしい。

 

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旋盤のある部屋に行くとシャフトで1対の車輪になっていて、それらしく見える。

 

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旋盤はこんな感じ。

円盤に車輪を取り付けて、横から削ってやる構造になっている。

 

旋盤自体はプログラムした通りに動いてくれる機械だけど、その微調整をするのに経験と技術がいるらしい。

これも0.0何mmの誤差で調整するんだと思う。

ゴールドサミット溶接

何回見ても飽きないゴールドサミット溶接。

苗穂工場だけでなく、岩見沢レールセンターでも見せてもらっているので、いろんな角度から見ているけど、やや横から見るのが見やすいと思う。

 

配布していた資料によると、1本25mの定尺レールをこの溶接でつないで、200m以上のロングレールにする技術とのこと。

モールド(鋳型)の取り付け → 目地砂の詰め込み → ルツボ釜(小型溶鉱炉のようなもの) → 溶解金属・溶解スラグの注入 → 押し抜きせん断器で除去 → グラインダーで仕上げ

 

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↑の状態からグラインダーをかけて、(±0.5mm以内)の誤差で仕上げるらしい。

これを現場で次々やっていくんだから、やっぱりスゴイ!

9月8日 苗穂工場公開

例年なら鉄道の日がある10月に行われていた、工場公開を1ヶ月前倒しして9月に開催された。

その意図はわからないけれど、内容はいつもどおりの安定感。

やっぱり技術屋さんが見せてくれるワザはいつ見ても刺激的だ。

 

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駐輪場に自転車をとめるときに正面に見える給水タンク(?)

これを見ると苗穂工場に来たなぁ と思う。

 

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西日が差し込む工場内。

奥に見える客車はかなり古そうに見える。

 

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蒸気発生器と銘板に書いてあった配管と計器だらけの機関。

機関車のどこかで使われているものなんだろうけど、見ている側の想像力をかきたてるものがそこらじゅうにあるのは工場見学の醍醐味だと思う。

 

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昔の車両と違って、朱色に塗ってあるから少し印象は柔らかくなっているけど、間近で見るとその大きさから「モンスター」という印象を持つラッセル車。

 

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ますますマイクロバスの改造車になってきたDMV。

民生品を流用しながら鉄路と道路の両方を走れる車両として全国に輸出して欲しいもんだ。

2012年9月 6日 (木)

バッタ、ガ、虫こぶ

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(エゾツユムシ オス)

 

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(エゾツユムシ メス 上に反り返った産卵管が見える)

 

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(ヒトリガ 一人蛾ではなく、火取蛾)

 

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(抜け殻もこうやって見ると芸術的?)

 

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ヤマブドウの葉に作られたピクミンのような虫こぶ。

「ヤマブドウ 虫こぶ」で検索するとこの虫こぶの正体がすぐにわかった。

作った主は「ブドウトックリタマバエ」

虫えいの名前は「ヤマブドウハトックリフシ」

 

ひとつだけ虫こぶを拝借して、

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中には幼虫が入っていた。

この虫こぶに守られて冬を越すんだろうな。

チョウの乱舞

オオアワダチソウは北米から持ち込まれた外来種。

蜜源として持ち込まれただけあって、小さなオオアワダチソウの群落には多くのチョウが集まっていた。

 

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(たぶん1匹のメスを巡って、2匹のオスが争っているんだと思う)

 

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(奥に飛んでいるのはイチモンジチョウ)

 

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(オオハナウドでも吸蜜)

 

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(イチモンジチョウ)

 

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(キマダラヒカゲもオオアワダチソウで吸蜜)

 

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(スジグロシロチョウ 夏型 ゲンノショウコで吸蜜)

 

写真を何枚か撮ってみて思ったのだけど、チョウは裏と表の両方を撮らないと種の同定までできない。

ヒョウモンチョウは表の柄が同じで裏の色や紋の違いなどで同定するらしい。

それと今まで違う種で覚えていたものもあったので、改めていい勉強になった。

2012年9月 2日 (日)

エゾノキリンソウ

2006年の夏に初めて出会ったときはこんなに苦しい思いはしなかったと思うが、その翌年の年賀状でも登場した思い出のある花。

花の時期は7月~8月。自分が前に見たのは7月。

だから花は見られないかな と思っていたけど、一株だけ綺麗に咲いていてくれた。

 


ベンケイソウ科 エゾノキリンソウ Phedimus kamtschaticas

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高さ20cm前後になる多年草。全草が無毛。

横に走る根茎から地下茎を立てる。

多肉質で光沢のあるくさび形の葉を互生し、葉の長さは2.5cm前後、鈍頭または円頭。

上部に鋸歯状の切れ込みがある。

花の径は1.2cmほどで雄しべの葯ははじめ紅紫色。果実は平開する。

漢字:蝦夷麒麟草

花期:7-8月

環境:山地の岩場

分布:北

 

【参考文献 : 「新北海道の花」 梅沢俊 2007年 第1版】

9月2日 手稲山 山行

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7月・8月は全く山に行けず、2ヶ月ぶりの山行となった。

やはりこの山は初心者向けではない。

布敷の滝までは沢伝いになだらかな登り。

そこから先から一気に難易度を上げてくる。

急登の上に足元が悪い。

この足元が悪いことがジワジワと足にダメージを蓄積させる。

最終的には蹴り足がしっかり上がらなくなったところで登頂を諦めた。

 

とはいえ、目標のガレ場まではなんとか辿り着くことができたので、それで十分。

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アスレチック的な要素が多いこのポイントを危なっかしい足取りで下ってくる山ガールと山ボーイ(?)たち。

みんな格好は特徴的なハーフパンツにタイツの組み合わせ。

彼氏に連れられてガレ場で悪戦苦闘する山ガール。

彼女にいいところを見せようとガレ場を勢い良く下ってくるものの、思いっきり踏み外す山ボーイ。

 

その中、目当ての花を見つけて写真を撮っていた自分の姿は彼らにどう写ったのだろうか?

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